フランス通信(176) 水無月                Paris,le 21/06/2020

 

*6月に( AU MOIS DE JUIN ) :コロナ騒動で外出禁止令が発令されたのが315日のこと、それからは出来るだけ家に閉じこもって今日迄3ヶ月余りが過ぎ去きました。若葉であった木々の葉はすっかり濃い緑色となって、ポプラ(le peuplier)の枝に掛けたカササギ(la pie)の巣が葉に隠れてしまい、ヒナの様子も見えなくなってしまいましたが、いつの頃からかよく晴れた日には黒ツグミ(le merle)が鋭い声で歌うようになり、夏が近い事に気が付きました。今は外出禁止令も解除され、と云っても規制が緩和されたに過ぎませんが、外出時には必携だった各種の証明書は不要、自宅からの制限距離や時間の制限も無くなり、相変わらずマスクを掛け、人と人との間の距離は守らなければならないにしても、こちらの人がよく云う”ラ・リべルテ(la liberté・自由)“が戻って来たかに感じます。いつもでしたらツツジ(l’ azalée) や石楠花(le rhododendron)、紫陽花 (l’ hortensia)を見に出掛けるところですが今年は我慢、アパルトマンのテラスの小さな杏の木に生った9個の実が色付いて行くのを楽しみに眺め、シーズン最後の真っ赤な小粒の苺「シフレット(la ciflorette)」の香りと酸味に春を懐かしんでいます。日本は既に梅雨期に入ったそうですね。

 

*「ターナー・絵画・水彩画展」( Expo. « TURNER,peintures et aquarelles » ) :英国の代表的な印象主義の画家ウイリアム・ターナーは、1775年に薄暗いロンドンのコヴェントガーデンで理髪師を父に生まれ、多くの旅を通して光と色を求め、朝に夕に太陽を仰ぎ、風や雨、霧や雲、悪天候の中にすら光を探し、チェルシーに引き揚げてから「太陽は神である(le Soleil est Dieu)」と云って1851年に亡くなりました。クロード・モネも大いに影響を受けたと云われています。今回はテート・ギャラリーのコレクションから「アヴォン峡谷の眺め(Vue des goeges de l’ Avon)(1791)」、「ジュミエ―ジュ村(Jumièges)(1832)」等の水彩画を中心に展示しています。2021111日迄 ジャクマール・アンドレ美術館にて(Musée Jacquemart André, 158,Boulevard Haussmann,75008 Paris(Métro : Miromesnil))毎日10時―18 (*)当美術館は19世紀の銀行家夫妻の館で、音楽の間、吹き抜けの室内庭園、天井画のあるルイ15世様式の大小のサロンにティエポロやボッティチェリ等イタリ-・ルネッサンスの絵画・彫刻が飾られていて、それだけでも訪れる価値があると思います。レストランもありランチも味わえます。(*)購読雑誌に久し振りに美術展の案内が載っていましたのでご紹介の次第です。

 

*クリスト逝く( Décès de Christo ) :1985年にセーヌに掛かる橋“ポン・ヌフ”をすっぽり布で包み込んでしまったブルガリア生まれのアーチストのクリスト(Christo Javacheff)が、今年の4月にはパリの凱旋門を包むと云う計画がポンピドー・センターから発表されていましたが(小信162号参照)コロナ騒動により9月に延期となり、更に来年1月に変更され、ポンピドー・センターにての展覧会も決まったのですが、クリスト本人が惜しくも亡くなってしまいました。(1935-2020)実現すれば青みがかった銀色の布に包まれ、紅いロープで結ばれ、風のままに膨らみ、揺れ、陽光に表情を変える凱旋門が見られるはずでしたが、、、残念なことです。

 

*「サ・エ・ラ」(続)コロナウイールス « Le coronavirus »(suite) : 先信に続いて以下にその後の様子をお伝えします。5月11日に外出禁止令が条件付きで解除されましたが、5月も末になりますと、数字の上ではコロナ関連の病人は減ってはきたものの、他の病人を収容するベッド数は相変らず不足している等々、さすがに皆の我慢も限界に来た様で、特に医療関係者に疲労が目立ちました。病院近くの壁には「疲れ果てた看護人、看護人が危ない( Soignants épuisés, Soignqnts en danger )」或いは「白衣、黒い怒り(Blouses blanches, colère noire)」といった“落書き”が見られました。530日現在コロナ入院患者数14380人(集中治療室・重症者1325人を含む)、コロナ死亡者数は31日以来合計28771人で、TVでは政府のコミュニケが日に何度も流れ、「ウイルスは常に居る、常に漂い続けている、ご用心下さい、、、、」(Le virus est toujours là ,,,,Le virus continue à circuler,,,,,Restez prudents,,,,,,)の言葉を繰り返し、カフェやレストラン、学校の教室など、普段は割合にいい加減な様ですが、しかめっ面で物差しでテーブルや椅子の距離を測っている姿が見られました。政府は511日の外出規制緩和から61日を第1段階、621日迄を第2段階、そして622日以降を第3段階、と設定しましたから、これからは第3段階に入ることになり、公園、海岸、湖岸、美術館、映画館、名所旧跡、展示会場・各種ホール、遊園地、宿泊施設、等々殆ど全てがマスク着用を条件に再開されます。

 

6月に入って目立って話題に上がったのは、日本が他国と比べて意外に感染度が低く、重症者や死亡例が少ないのは何故なのか、ということ、、、。それは日本人の衛生意識・感覚が優れていて、普段から手洗い、入浴等、清潔を重んじる生活習慣が高く、市町村の要請事項に従い協力する行動や、感染や症状の解明・研究と、それによる検討と対策が為されている、、、という事でした。それに比べて当地では「マスクを掛けろ、手を洗え、大勢が集まるな、距離を置け、、、、」と叫び続けているように感じます。もっとも「外出するな、、、」と云っても、低所得で毎日休まず働かねば食べられない人も多く、「テレ・ワーク」なんて飛んでもない、、、しかしこの人たちのお陰で社会が何とか成り立っている事実は否定できないと思います。マスク一つ供給出来ず、現場を知らず、もっともらしく措置だけを決める人達への市民の不満と怒りは、この機会に次第に露わとなってきました。62日にカフェやレストランがテラスでのみ営業再開しましたが、61日深夜には62日になるのを待ち兼ね、テラスの客席に群がる人達、、、店の主人はマスクを掛け、消毒液の瓶を置き、長い物差しでテーブル間の距離を測って、やってますよ、と云わんばかり、集まってきた人達の何と嬉しそうな顔、、、こんなことが感染拡大の原因になるのでは、と心配しましたしかし63日には丁度食事時間の夕刻に凄い雷雨、、、天の皮肉か、警告か、、。同じ頃、アメリカでの警官による暴行と人種差別問題が起こり、フランスでも同様の事件があって「警察の暴力と人種差別に対する抗議」がコロナウイルスを上回り、今日に続いています。69日、禁を冒して人々が大勢集まり、集会とデモ、、、、コロナは忘れられた感があります。時にコロナ入院患者数11961人、その中重症者955人、初めて1000人を割りました。3月からのコロナによる死亡者数は29296人、病院だけでも毎日2桁の人が亡くなっています。コロナ騒動で多くの店舗や会社が倒産、失業者数がうなぎ上りですが、慈善団体への献金・寄付金の額は普段の700%増とのこと、市民の強い連帯感(la solidalrité)を感じました。614日、北京やお隣りドイツで第2次感染拡大か、というニュースが流れる頃、マクロン大統領が演説、各種規制の全面解除を宣言しました。この日の入院患者数は10535人、重症者はその中820人、死亡者合計は29547名、、、、616日、昼夜を問わず闘う医療関係者が「英雄」と称えられながらも具体的な待遇改善が為されていない医療現場の極限の状況がデモとなって表現されました。22日からは学校も始まりますが、夏休みを短くする話は一切聞いたことも無く、ヴァカンスは何処へ、国内か外国か、も話に上り、学校へ行っても夏休み迄あと1週間、、、学校へ行っても何にもならないから行かない、との声が強い様です。

 

2020621Saint Rodolphe  日の出0546・日の入2158  パリ朝夕12/日中23℃曇天

 

Ensemble, bloquons l’épidémie「みんなで感染を防ぎましょう」皆様お元気でご無事にお過ごし下さい。