フランス通信(168) 神無月                Paris,le 10 Oct.2019

 

*静かに秋が ( Doucement l’ automne ) : 日中の気温が40℃を超える日が何回もあって、暑さに喘いだこの夏から、さすがに10月ともなれば「初霜月」とも云う程に朝夕の気温は3℃、日中でも15℃前後、寒さを感じて体が硬くなるような、気温の差に体の力が抜けるようにも感じます。毎日の天気は晴れたり曇ったり、そして時折の雨、久し振りの雨、やっと普通の天気が戻ったようで、大気が和らぎ、呼吸が楽になったような気が致します。陽光は益々傾いて黄色味を帯びて影は長く、木々の葉が枯れて散り始め、落葉が歩道をコラージュの様に飾ります。各地のブドウの収穫(la vendange)もそろそろ終わり、暑すぎる太陽と渇水が原因して、どうやら15%程の減産と聞き及びます。ワインの出来はどうでしょうか、、、秋がやって来ました。

 

*シャトレ劇場 ( Le Théâtre du Châtelet ) : 建築家ガブリエル・ダヴィウー(l’architecte Gabriel Davioud)の設計で1862年に建てられたシャトレ劇場には、建築時より上階のテラスに「舞踊(la Danse)」、「戯曲(le Drame)」、「演劇(la Comédie)」、「音楽(la Musique)」を象徴する4体の立像が立って居ましたが、1900年に謎の行方不明となり、そのままとなっていました。

 

今回2年の月日をかけた大掛かりな改修工事が行われたのを機会に、この4体の複製をオリジナルと同じオワーズ県サン・ル―産の石材を使って元通りに制作、いかにも当初より立っていたかのように元の位置に据えました。

 

*「税関吏ルッソーからセラフィーヌまで」展 ( Expo. « Du Douanier Rousseau à Séraphine » ) 

 

“素朴派の大家達”(les grands maîtres naïfs)を副題にルッソーを始め、あまり知られていないアンドレ・ボーシャン(André Bauchant) 、カミーユ・ボンボア(Camille Bombois) そして

 

セラフィーヌ(Séraphine Louis(1864-1942))に至る画家の作品100点余りを展示しています。

 

植物が生い茂る密林に動物が争う画で知られるアンリ・ルッソー(Henri Rousseau(1844-1910))

 

は、税関の一職員として働いていたことから、後に詩人アルフレッド・ジャリ―(Alfred Jarry(1873-1907))から“税関吏”(le douanier) 渾名されたものですが、ジャングルを描いても、実はフランス本土からは一歩も外へ出たことが無く、絵画については何も学んだことも無く、想像に想像を重ねて絵を描き、1885年頃から幾つかのサロンに出展するようになって、その奇抜な構図と色彩から嘲笑され、皮肉られながらも世間に知られるようになりました。1893年に税関吏を退職しましたが、金銭的にも可成りの苦境にあったようです。ルッソーは子供の本にあった挿絵を複製したり、パリの自然科学博物館にある剥製の動物達や熱帯植物園の草木をモデルに想像を加え、カンバスに向かいました。詩人アポリネール(Guillaume Apollinaire(1880-1918))は、からかい気味に「ルッソー、憶えているかい、あのアステカ(メキシコ)の景色を、マンゴやパイナップルの生える森を、、、」と詠んでいます。ピカソやデローネイ等の画家の間では仲間受けしてか画風や色彩の評判がよく、雷雨に慄く虎を描いた1891年の作品“驚き”をジャングル・シリーズの第1作として、1910年にジャングルの中で長椅子に横たわるオリンピアを描いた“夢”(la Rêve)を最後として亡くなる迄、奇抜な、どこかもの悲しい作品を残しています。Musée Maillol (61,rue de Grenelle,Paris 7e (メトロRue du Bac)にて2020119日迄毎日10301830(金曜日2030迄)入場料13,50ユーロです。

 

*「オペラ座のドガ」展 ( Expo. « Degas à l’ Opéra ») : バレリーナの絵で知られる印象派の画家エドガー・ドガ(Edgar Degas (1834-1917))は裕福な銀行家の家庭に生まれ、貴族や金持ちが出入りを許されていたパリのオペラ座に毎日の様に通って、客席はもとより、舞台、舞台裏の廊下、ロッジ、楽屋、稽古場、オーケストラ・ボックスなどをスケッチブックも何も持たずに歩き回っていましたので“オペラ座の覗き魔(le voyeur de l’Opéra)”とまで呼ばれてましたが、他の人の様に踊り子が目的ではなく、当時流行り出した“写真”よりも早い瞬間でバレリーナの手足の動きを捉え、身体の線、疲れた顔、目立つ筋肉、線と色、踊り子ばかりでなく、そこに居る人達、オーケストラの楽士、ダンスの先生、アマン(好い人)もそのまま、舞台の照明による明暗までも如何に表現するか、が課題でしたから、家に帰ると早速に記憶を辿って沢山のデッサンを仕上げました。当時オペラ座の舞台裏では“お母さん”と呼ばれた世話役の女性が貧しい踊り子を斡旋するなど秘かな取引が為されていましたから、唯一ドガが女性の芸術家としての地位を確保した(Seul Degas lui aura donné le statut d’artiste)とも云えるでしょう。今回はバレー教習所(l’Ecole de danse)設立350周年を記念して、オペラ座のバレーを中心としたドガの作品、油絵、パステル画、「舞台の上のバレーのリハーサル」(Répétition d’un ballet sur la scène(1874)),

 

「スター(エトワール)」(L’étoile(1876)),「ダンスのレッスン」(La classe de danse(1873)),「ダンスの試験」(Examen de danse(1880)),「オーケストラ・ボックスの楽士達」(L’orchestre de l’Opéra(vers1870))等々よく知られた傑作を集めて展示しています。Musée d’Orsay(1,rue de la Légion d ‘honneur, Paris 7e メトロSolférino)2020119日迄、月曜を除く毎日09301800(木曜2145迄)入場料14ユーロ、毎月第一日曜日は無料 です。

 

*「サ・エ・ラ」(« ça et là ») -あれこれ-:1)先信167号でご紹介したストリート・アーティストのバンクシィは東京にも現れた様です。新聞によれば東京・日の出の防潮扉にバンクシィが描いたと思われる“傘をさしたネズミ”の墨絵風の絵が見つかり、東京都が外して保管したそうです。(2)日本の友人宛に記念切手を貼った大封筒を郵便局に持って行き、長いこと並んでから、あと幾らの切手を貼ればよいのかを尋ねましたところ、窓口の女性は厳しい口調で「貴方が貼ってきた切手にはFranceと書いてあるから、日本へは使えませんよ、、、。」それ以上の会話は不要と思って帰ってきました。(3)モンパルナスの郵便局で日本への国際郵便の切手を求めました。笑顔で応対に出た男性が何枚要るのか、と云うので30枚欲しいと云いました。その人は奥からInternationalと書かれた紫色の切手6枚つづりのシートを持ってきましたので、ではそれを5枚下さい、と云いましたが返事なく、カウンターにそのシートを並べ、切手を1枚、2枚、3枚、、、と指で数え出し、30枚まで数えてからニコニコと「ムッシュゥーは計算が早いですねえ、、、」と褒めてくれました。

 

*冬時間 ( Heure d’ hiver ) : 1027日の日曜日から冬時間になります。土曜日の夜に時計を1時間遅らせてからお寝み下さい。日曜日の朝の8時は未だ7時、日本との時差は8時間となりますからパリの午前10時は日本では同日午後の6時です。

 

20191010S.Ghislain 日の出0802・日の入1911、パリ朝夕9/日中16℃曇天、ニース13/22℃曇天、ストラスブール9/14℃雨天、「秋雲や知らない街へ来たような」 菅